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さよなら原発★ちがさき

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市民の緩やかなネットワークです。原発について学び、正しい情報を得ることから始めます。

原発は「犠牲」を組み込んだシステム


原発は「犠牲」を組み込んだシステム
高橋哲哉さん
(東京大学教授)
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新著『犠牲のシステム 福島・沖縄』(集英社新書)を著した問題
意識などを聞くインタビュー記事
、『原発事故で問われる戦後日本
の国家のあり方●「靖国」そして沖縄・福島を貫くもの』(雑誌「前衛」
2012年4月号掲載論文)から、ごく一部を引用》


(前略)そういう視点から考えたとき、経済と安全保障という戦後
日本の国家を支える二つの分野は、一方は沖縄、一方は原発という
「犠牲」を組み込んだシステムでしかなかったとも言えます。「戦
後日本の平和と繁栄」には、一部の人々の「犠牲」というものが深
く組み込まれていた。

(中略)

【原発に組み込まれた四重の犠牲

 (前略)このように沖縄と福島という二つの固有名詞は少し性格
が違います。それをふまえた上で、福島すなわち原発の「犠牲」と
は、一つは過酷事故が想定されざるを
得ない
ことです。「想定外の地震」「想定外の津波」など想定
外という言葉が飛び交いましたが、私は過酷事故そのものは想定
内だったとしか言いようがないと思います。もともと、東京電力が、
福島や新潟に原発を立地させていること自体、六〇年代につくられ
た立地指針(「原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断の
めやすについて」、その後改訂されている)では、原発は「人口密集
地帯」から「離れて」、「低人口地帯」「非居住区域」につくることが大
前提になっています。それは「重大事故」や過酷事故が想定されて
いるからです。「原子力発電施設等立地地域の振興に関する特別
措置法および同法施行令」を見ると、原発は大都市と周辺地域には
つくらないことになっています。それはシビアアクシデントクラスの
大事故が起ったときに、人口密集のところであればたいへんなこと
になるからです。犠牲者の数が少なくなるように人口過疎の地域に
つくってきたわけで、ここにも構造的にシビアアクシデントが想定され
ていることがあらわれています。

 二つめに、被ばく労働の問題です。現在も事故
を収束させるために、たいへんな数の人が被ばくしながら作業を
しています。しかし原発は、大事故がなくても日常的に被ばく労働
なしには維持することができないことが、すでに知られています。

 さらに原発システムは、その起点と終点で被ばくのリスクあるい
は「犠牲」が避けられないとうことがあります。起点はウラ
ン採掘
で、これがその後核兵器の製造と原発にわかれて
いくわけですが、ウラン採掘時に被ばくすることは避けられず、日
本が国外から輸入しているウランの採掘地を含め、その被害が問
題になっています。
そして終点は、「核のゴミ」の問題です。原発が
「トイレのないマンション」にたとえられるように、これだけでも原発
をやめるに十分な理由になる問題です。原発を選択しない十分な
理由があったにもかかわらず、どんどん原発をつくってしまった。 

 原発は、少なくともこれら四重の「犠牲」が組み込まれたシステ
ムだと言えます。これらの一つひとつは、これまでも知られていた
こと、想定されていたことでしょう。その「犠牲」を覆い隠すため
に「安全神話」がつくられ、過酷事故はありえないと言われてきま
したが、今回の事故で、その神話が崩れました。これだけ大きな
「犠牲」を組み込んだシステムを、これからも続けていくのかどうか
というのがいま問われていることだと思うのです。
(後略)
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by nonukes-1104 | 2012-03-20 16:12 | 参考文献・映画等